FOCUS
年頭にあたって

 あけましておめでとうございます。今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
 今、皆さまのご発言を聞かせていただいて、多くの方が家族で穏やかなお正月を過ごされたことを、とてもうれしく聞かせていただきました。
 また、こうして皆さまと同じ時を共有できることは、ほんとうにありがたいことなのだと、しみじみと思います。
 日本のお正月は、天気にも恵まれ、穏やかな年明けだったと思います。
 しかし、世界の情勢も、日本社会も、非常に厳しい2009年の幕開けだったと思います。
 年末からの世界的金融危機は、百年に一度の危機と言われておりますし、また、12月27日にパレスチナのガザが空爆されたというニュースが入り、それが今、地上戦にまでなってきています。
 その年末から今日まで、激化の一途をたどる事態のなかで新しい年が明けたということは、ほんとうに厳しい情勢だと思います。
 新聞やテレビの報道も、これからの一年の厳しさについて多くを伝えておりますが、これまでの経験では予測することができないような事態に、今、私たちは直面しているわけです。
 昨年の今頃には、業績好調と言われていた会社が今、急激に不振に陥り、「派遣切り」ですとか、正社員でも徐々に解雇されていっている。日本のみならず、世界的にそうした状況になっているわけです。
 21世紀に入って、今年で10年近くが経つわけですが、私たちのだれもが平和を願って始まったはずの新しい世紀だったと思います。しかし、その21世紀が明けてすぐの2001年の9・11以降、国家間を超える新しい戦いの構図が生まれました。
 また、急速なインターネットの普及によって、家庭から世界までがボーダーレスになっていきました。
 そして、コンピューター技術の普及は、実体を離れた仮想現実を生み出し、それがあらゆる分野に広がりを見せています。
 9・11に端を発した米国によるアフガン侵攻、それに続くイラク戦争。そして、そのイラク戦争は「イラクが大量破壊兵器を保有しているから」という理由のもとに始められたにもかかわらず、結局、大量破壊兵器は見つからなかった。もちろん、戦争はいかなる理由をもってしても、許されざるものであるにしても、大量破壊兵器がなかったという実態から、いったい何だったのかと思わざるを得ません。
 冷戦構造終了後、唯一の超大国となった米国の主導による民主化、米国主導による市場経済のグローバル化のなかで、実体経済から離れた投機的マネーゲーム中心の経済になっていってしまった。そしてそれが結果として、サブプライムローンの破綻に端を発した世界的金融危機を生み出し、制御不能となっている現状です。
 また昨年11月末から、創設者 野村佳子理事長の祥月命日を挟んで、パレスチナ支部のアマル・エマラさん、アリ・タカッシュさん夫妻が来日されました。
 この度の来訪は、夫妻が「私たちは今、直接、指導をいただくことが必要です」と願われ、それに応えてセンターに招聘することになったわけですが、私が理事長に就任して以降、こんなに長い時間をかけて海外支部の方たちとお話しする機会は、今回が初めてだったわけです。
 改めて、膝を交えて話し合うことの大事さを思いましたし、文化の違いはあっても、ほんとうに近づける、心を共有できることを実感させていただけました。
 それだけに、それから一カ月も経たないうちに、現在の事態に至ったことは、ほんとうに胸が痛いです。
 野村理事長は第8回国際フォーラムの最後に「人と人とが出会うことって、こんなにも尊いものだと思うのです」とおっしゃられました。
 映像や情報によって見たり知ったりするだけでなく、その国の、その地の人と直接に知り合うことが、いかに貴重なことか。情報だけでなく、人を知っているということが、こんなにも胸を痛めるものなのか、と思うのです。
 ですから、人と人とが直接会うこと、向き合うことは、繋がりとなり、共感共有を生み出しますが、インターネットの普及は、まさに人間がその一部分で付き合うことを助長し、一方通行の関係を生み出すのではないかと思います。
 私は、ガザの子どもたちが制作した劇「ヒロシマからの鳥」を初めて見たとき、衝撃に近い驚きを感じました。
 あれほどの状況下にあって、子どもたちが報復でなく、共に生きること、イスラエルもパレスチナも共に生きることを願っている。生命の尊厳に目覚めようという芽が、子どもたちのなかから出てきている。  
 それは、エマラさんが野村理事長との出会いによってご自分の生命の尊厳に目覚め、そして民族の尊厳に目覚めた。その真実が、子どもたちとの関わりのなかで伝わっていった、その証がこの劇だと思った、その衝撃だったわけです。それだけに、今回のことが残念でならないのです。
 しかし、だからこそ今、私たちは冷静に、思い込みや、片方からだけの見方を排して、真実を知ろうとし、実態を見据えなければならないのだと思うのです。
 私たちは創設者から「現象世界に起こる事象は根源に必ず原因があり、その原因を深く探ることなしには解決には至らない」こと、そして「すべての出来事には原因があり、その原因を他者に見ている限り、解決はない」と学びます。
 野村理事長が、2001年の9・11に米国で起きた同時多発テロの直後に『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙に掲載された一文を、改めて読ませていただき、そこにまさしく解答があることを思いました。
 その一部を読ませていただきます。
 「思えば、われわれ人類は有史以前から今日に至るまで、奪い奪われ、殺し殺されという行為を間断なく繰り返してきています。それは生物としての本能的攻撃性、エゴを基とし、欲望、怒り、恨み、妬み、そうしたものを動機として、因果の連環を積み重ねてきたのが人類の歴史であると言えます。
 ここにユネスコ憲章の前文に『戦争は人の心のなかに始まる』と言われる所以があります。
 そうした行為の集積は、遺伝子を通してすべての人間が受け継ぎ、われわれ一人ひとりの意識の奥に層を成して潜んでいるのです。
 ですから、然るべき条件に出会えば、だれもが奪い、殺す可能性を秘めているのであります。
 今こそ、この長い悪循環に終止符を打つべきであります。
 原因≠他者に見いだそうとする限り、因果の鎖は断ち切られようがありません。長い闘いの歴史に、殺し合いの歴史に、終止符を打つためには、だれもが自己のうちにその因≠探り、それを取り除く努力をするしかないのです」

 私たちは、いわゆる戦争のないという意味において平和な国、そして先進国と言われる国に生きているわけですが、この日本においても、その先進国と言われる国々においても、そこに蔓延しているのはエゴを基とする欲望、怒り、恨み、妬み等であると思うのです。
 今、日本や先進国における経済危機や社会不安が示すものは、自己中心に過ぎる欲望への警鐘であり、ネット社会で増長され、蔓延し続けている、怒りや、恨みや、妬みへの警告ではないかと思うのです。
 人間はその内部に、そうしたものをもっているという自覚なしに、つまり人間を深く知ることなしに、外へ外へと急速に開発を進めてきたのが近代の歴史です。科学技術文明の急速な発展のなかで、人間を置き去りにして、時代が疾走している姿です。
 ここに野村理事長が1960年代から、人間に焦点を当て続け、社会に、世界に、警鐘を鳴らし続けてくださったことが、いかに大きな意味を持っていたかを改めて思うわけです。
 お正月休み中、私は野村理事長のご著書を読み返させていただいたのですが、50年近くも前から、ずっと訴え続けてくださったことが、ほんとうに新鮮な言葉として甦ります。そして、この危機的な時代にあって、それが生きていることをつくづくと思いました。
 そして、その洞察、炯眼に、改めてその価値の大きさを思うわけです。
 創設者が提唱してきた教育原理、それは、人間は大自然の秩序法則のもとに生かされていること、そしてその秩序法則に万人が制約を受けて存在しているということです。その厳然たる掟≠無視するところに人間の不調和の原因があるのだと学びます。
 私たちは常にこの論≠ノ基づいて、足もとの家庭や職場で起こる具体的な問題を通して実践し、実証しようとしています。具体の世界ではそれは時として厳しい向き合いにもならざるを得ません。道理が説く「本来こうあった」姿から外れているとき、それを互いに指摘し合えば、それぞれが受け難かったり、それに反発を感じたりすることもあるかもしれません。
 しかし、その自己の内部にわき起こってくるものを見据え、対峙するなかに未見の己を知ることができ、それが喜びとなり、再び自分を奮い立たせ、あくまでも道理に則っていく覚悟ができると思うのです。
 自分のエゴの肥大化や、自己中心に過ぎるものを課題にし、周りとの関係を調整していく努力をするなかで調和を生み出し、今日の皆さまの多くの発言にあったような、穏やかなお正月を迎えられるという結果を得ているのだと思います。
 私たちも学ぶ以前は、物やお金に満たされることが幸せになることだと思い、外側に何かを身につけることが価値だと思ってきました。
 しかし、その外側に向かっていた目的意識から、人生の目的は自分づくり、人間づくりなのだ、自己の人間復活なのだということを知り、出会う条件を課題に自分自身を開発することが喜びになってきているはずだと思います。そして、自分の幸せしかなかった私たちが、確実に人さまのことを思えるようになってきていると思います。
 社会が、世界が、これほど痛んでいる今、己だけの幸せなんてあり得ないのですから、自分さえも気づいていない自己中心の心に気づき、自分も他者も共に幸せになるこの学びを深めていき、大きく社会に還元していかなければならない時を迎えていると思います。
 世界全体が病んで、そして悩んでいる今、平和と見られているようなところでも、戦火のなかにあるところでも等しく、やはり自分自身の内部にあるエゴや、欲望や、他者と闘っていってしまうものを知り、それを克服していく。
 真剣に自己と向き合い、自己を変革することを通して、社会に、世界に、私たちがいただいてきたものを還元していく。
 その自覚を皆さんと共有して、新しい一年を出発したいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

理事長 金子 由美子
(1月8日、新年初顔合わせの挨拶から)
 
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